教会堂位置図 — 川原家の仕事の広がり
この地図は、川原家が1860年代から1950年代にかけて関わった教会堂の位置を示したものです。
大浦天主堂を始まりとして、江袋、外海、長崎、平戸、唐津、福岡、北九州、島根へと、その仕事は広がりました。
教会堂は、信仰とともに暮らす生活と結びついています。
川原家は土地の条件や材料、予算に応じて、木造・レンガ造・石造などを使い分けながら建設を行いました。
この地図は、川原家が1860年代から1950年代にかけて関わった教会堂の位置を示したものです。
大浦天主堂を始まりとして、江袋、外海、長崎、平戸、唐津、福岡、北九州、島根へと、その仕事は広がりました。
教会堂は、信仰とともに暮らす生活と結びついています。
川原家は土地の条件や材料、予算に応じて、木造・レンガ造・石造などを使い分けながら建設を行いました。
ようこそ、展覧会「大工・川原家と教会堂建設」にお越しくださいました。この展覧会では、黒崎出身の大工・川原家が建てた教会堂を紹介します。
川原家は初代・久米吉さん、2代・忠蔵さん、3代の正治(せいじ)さん、伝次郎さん、義弟の大石政吉さんという3代にわたって、教会堂建設に関わりました。
カトリックの神父様と、日本の大工が力を合わせて建てた教会堂です。
川原家の仕事を通して、各地の教会堂がどのように生まれたのか、見ていきましょう。
T邸の敷地内にあり、昔の本通りに面しています。
水道がないため、住むことはほぼ不可能。T邸とともに購入して倉庫として使うか、解体して駐車場にするか。
片付けて本屋や直売所など、お店を開くにもいいかもしれません。
なお、残留物の撤去は購入者もしくは賃貸で借りる人が行います。
神浦商店街の中にあり、住宅入口は商店街の通りに面しています。
現所有者が年に一度、数日帰省。風を通したり、掃除をしたり、庭の除草を行ったりと、きちんと手入れをしているため、築年数に反して傷みはあまり感じません。
残留物の処分(処分せずに使うのもあり)は購入した人、もしくは借りた人が行ってください、とのこと。部屋数も多いので、シェアハウスやゲストハウスとして活用するのであれば、家具などそのまま使うといいかもしれません。
市営外海大野地区駐車場(Googleマップで確認 → )からは徒歩3分ほどの距離。
玄関前は木が生い茂っていますが、きちんと手入れをすれば角力灘が一望できると思います。(※ 要現地確認)
玄関を入ると明るくきれいな印象。しかし1階和室は床が抜けそうだったり、トイレ付近の天井や2階和室のが落ちていたりと、やはり相応のいたみがあります。
改修や残留物の撤去など費用がかかっても、人気の大野集落で暮らしたい人向きです。