「大工・川原家と教会堂建設」展 解説 – 4

旧紐差・旧馬込・大野の教会堂

旧紐差(きゅうひもさし)教会堂は、初代・久米吉さんの最晩年の建築です。現在の鉄川与助設計の鉄筋コンクリート教会堂の前は、川原家が手掛けました。
最近、国会図書館のデジタルコレクションで写真が見つかりました。外観は江袋教会堂によく似ています。
この建物は1929年に移築されて、現在は馬渡島(まだらしま)教会堂として残っています。

旧馬込教会堂は、伊王島に造られた国内最古のコンクリート教会堂です。ここからは2代目・忠蔵さんの時代です。

大野教会堂は、外海の伝統的な石積みにド・ロ神父様の工夫を加えた「ド・ロ壁」が使われています。
地元の石を使い、雨風に耐えるように工夫されました。

「大工・川原家と教会堂建設」展 解説 – 3

大浦天主堂と江袋・出津の教会堂

初代・久米吉さんが関わった代表的な教会堂が、大浦天主堂です。1864年に完成したこの教会堂は、日本のキリスト教復活の象徴です。

久米吉さんは、他の大工たちと建設に参加しました。のちにキリシタンであることが知られ、捕らえられた記録も残っています。

江袋教会堂は1882年の建設で、木造の現役教会堂としては最も古いものです。外から見た姿は、まるで民家のようです。
しかし内部は正面に祭壇があり、三廊(さんろう)式、リブ・ヴォールト天井の正統的な教会堂の姿です。大浦天主堂の経験が生かされています。

同じ頃に建てた出津教会堂は、最初は江袋教会堂と似た姿でした。10年後、20年後に行った増築を経て、現在の姿になりました。

「大工・川原家と教会堂建設」展 解説 – 2

教会堂位置図 — 川原家の仕事の広がり

この地図は、川原家が1860年代から1950年代にかけて関わった教会堂の位置を示したものです。

大浦天主堂を始まりとして、江袋、外海、長崎、平戸、唐津、福岡、北九州、島根へと、その仕事は広がりました。

教会堂は、信仰とともに暮らす生活と結びついています。
川原家は土地の条件や材料、予算に応じて、木造・レンガ造・石造などを使い分けながら建設を行いました。

「大工・川原家と教会堂建設」展 解説 – 1

川原家3代の系譜

ようこそ、展覧会「大工・川原家と教会堂建設」にお越しくださいました。この展覧会では、黒崎出身の大工・川原家が建てた教会堂を紹介します。

川原家は初代・久米吉さん、2代・忠蔵さん、3代の正治(せいじ)さん、伝次郎さん、義弟の大石政吉さんという3代にわたって、教会堂建設に関わりました。
カトリックの神父様と、日本の大工が力を合わせて建てた教会堂です。
川原家の仕事を通して、各地の教会堂がどのように生まれたのか、見ていきましょう。

2025. 11. 24 神浦地区神浦エリア T邸 – 2

T邸の敷地内にあり、昔の本通りに面しています。

水道がないため、住むことはほぼ不可能。T邸とともに購入して倉庫として使うか、解体して駐車場にするか。

片付けて本屋や直売所など、お店を開くにもいいかもしれません。

なお、残留物の撤去は購入者もしくは賃貸で借りる人が行います。

2025. 11. 24 神浦地区神浦エリア T邸 – 1

神浦商店街の中にあり、住宅入口は商店街の通りに面しています。

現所有者が年に一度、数日帰省。風を通したり、掃除をしたり、庭の除草を行ったりと、きちんと手入れをしているため、築年数に反して傷みはあまり感じません。

残留物の処分(処分せずに使うのもあり)は購入した人、もしくは借りた人が行ってください、とのこと。部屋数も多いので、シェアハウスやゲストハウスとして活用するのであれば、家具などそのまま使うといいかもしれません。

2025. 1. 27 神浦地区大野エリア O邸

市営外海大野地区駐車場(Googleマップで確認 → )からは徒歩3分ほどの距離。
玄関前は木が生い茂っていますが、きちんと手入れをすれば角力灘が一望できると思います。(※ 要現地確認)

玄関を入ると明るくきれいな印象。しかし1階和室は床が抜けそうだったり、トイレ付近の天井や2階和室のが落ちていたりと、やはり相応のいたみがあります。

改修や残留物の撤去など費用がかかっても、人気の大野集落で暮らしたい人向きです。